慧喜~Trip of the art

公募展示作品2

いつも訪問して下さる皆様、新規訪問して下さった方々、有難うございます
今回もまた公募展についての記事になります
まずまず・・・
「パリ国際サロン 第30回記念展 ドローイング・コンクール 」
に出品した作品なんですけど、無事に入選させて頂きました!
詳しくは分からないのだけど、今年の12月にパリで展示されるみたいです

テーマは自由だったので、折り鶴をモチーフにしました
それは、今年のオバマ米大統領による広島訪問に触発されて、
というか、少なくとも私は深く感動して、思うことがあったから・・・なのだけども、
(色々な意見があると思いますが)
そのことについて、何か自分の思いを表現せずにいられなかったのです。
ドローイング・コンクールという媒体を通して、
海外の方々に作品を観て頂けることを、積極的に嬉しく思います

↓↓↓下画像2つは、フェイスブック用に撮った制作途中のものです
Many rivers-One ocean完成
≪Many rivers, One ocean≫
厚口ワトソン紙(51×72cm)エボニーペンシル

Many rivers-One ocean3Many rivers-One ocean4


そして次に・・・・・「第17回日本・フランス現代美術世界展」に
出品し、無事に入選させて頂いた作品について。
こちらの方は、国立新美術館で展示されます。
公募作品の他、フランスの重鎮作家さんの作品や、
オランダ、中国、アメリカの作家さんの作品も
迎えたグローバルな展示みたいで面白そうです
お近くの方、お時間のある方、是非ご観覧ください
【展示会期】
■平成28年8月3日(水)~14日(日)
午前10時~午後6時  9日(火)は休館日
■国立新美術館 3A展示室
The pilgrimage制作1
≪The pilgrimage≫パネル(F40)/ミクストメディア

そして、この「The pilgrimage」という作品、
来年2017年にイタリア・シチリア島で開催される
「イタリア美術賞展」での展示に推薦して頂きました
・・・と早々とWEBにあげちゃっていいのかな?
ちょっと心配・・・でも、推薦出品ということは、
展示は確定みたいなので、影響はないとは思うけど・・

かなり先の話ですが、嬉しくて皆様にご報告です
海外に行けない代わりに、作品が海を渡ってくれること、
すごく嬉しく思います。たくさんの方々に観て頂けるといいな。
The pilgrimage完成1

↓↓↓追加画像です。そういえば、制作途中にフェイスブックにあげた画像が残ってました。これもついでにアップ・・・

The pilgrimage 制作1
The pilgrimage 制作2

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春風萬里荘 ~北大路魯山人の家~

しばらく更新が止まっててスイマセン 
その間にもたくさんの方々に訪問して頂いて、ランキングや拍手ボタンも押して頂いたりと、本当に有難うございます  
前回記事からの続きになります。
笠間(茨城県)にある笠間日動美術館に行き、「鴨居玲 死を見つめる男」展を観たあと、
日動美術館の分館である「春風萬里荘」(しゅんぷうばんりそう)にもお邪魔しました

「春風萬里荘」とは。
陶芸、書、絵、篆刻(てんこく)、料理など、多方面で才能を発揮した芸術家・北大路 魯山人(きたおおじ ろさんじん)。
その魯山人がかつて住んでいた鎌倉の家を、昭和40年に笠間に移築 し、「春風萬里荘」と名付けられました。
もとより、笠間は古くから稲荷神社と焼き物で有名な町。現在でも、画家や陶芸家など作家のアトリエが点在するその一帯は、
「春風萬里荘」が移築された時に、「芸術の村」として開設された・・・・ということです

春風萬里荘 入り口門春風萬里荘 立て札

早速、敷地内に入ると、茅葺屋根で入母屋造りの大きな家が・・・ まんが日本昔ばなしに出てくる庄屋さんの家みたい笑

春風萬里荘1
春風萬里荘2

中に入ると、昔ながらのたたきの土間があり、
そこで受付をすませたあと、客間である室内に上がりました。
室内は、綺麗にお手入れをされているものの、
歴史的な時間の重みをズシリと感じるような空間でした。
所々に、非常に古い絵や書(日動美術館の所蔵品)などが
展示されていましたが、もはや室内全てが美術品のよう
室内の窓はほとんどが開け放たれていて、
そこから吹き抜けてくる風が気持ちよく、
古い建物ながら、清々しささえ感じました
画像はパンフレットからお借りしました → → →
春風萬里荘 客間
春風萬里荘  客間


↓↓↓そして、魯山人が使っていたというお茶室「夢境庵」(むきょうあん)へ
「夢境庵」とは、千利休の孫の千宗旦(せんのそうたん)によってつくられた、裏千家の名茶室「又隠(ゆういん)」を手本に、
魯山人が設計したお茶室なのだそう。
千利休の伝統を継いだ四畳半茶室、床柱は黒柿、長押は南天の樹を用い、にじり口の他、貴人口も設けられています。
(※貴人口(きにんぐち)=身分の高い客の出入のために設けた、立ったまま入れる出入口)

室内は全て撮影禁止だったので、お茶室から見える風景だけパチリ
右画像は、京都龍安寺を模して造られた枯山水による石庭です。(※枯山水=石や砂などで山水の風景を表現する庭園様式)

春風萬里荘 お茶室から春風萬里荘 お茶室から2

↓↓↓上の石庭を眺めながら、縁側でお抹茶セットを頂きました。普段は食べることのない千菓子がすごく美味しかったです
ただ風景を見てるだけなのだけど、風が気持ちよくて、いつまでも長居していたくなる・・・そんな場所でした。
建物内にも、茶房「春風庵」という喫茶室があって、そこでもお抹茶はもちろんドリンクやあんみつなども頂けます
(石庭にまで運んでくれるのはお抹茶だけみたいです)

上を見上げると、頑丈そうな茅葺き屋根が・・・。積み重ねられた茅(かや)の厚みがすごいです!
葺き替えとか大変なんだろうな・・・と思いつつ、でもそれができる職人さんがいるのが凄いなと思ったり・・・

春風萬里荘 お抹茶セット春風萬里荘 屋根


↓↓↓お茶を頂いたあとは、魯山人が使っていた洋間(書斎)に。(画像は、パンフレットからお借りしました↓↓↓
元々は馬小屋だったのを、魯山人が洋間に改造したのだそうで、部屋中央の馬をつないだ太い柱がそのまま残っていました。
床は、欅(けやき)の芯木を土間に打ち込み、木目を見せた「木レンガ」で敷き詰められています。
長椅子や棚も、全て木から作ったもの。石をそのまま積み上げたワイルドな暖炉もありました

更に、奥には自作の陶製便器「アサガオ」が。更に、裏庭へ出るドアは、なんと自らがデザインしたというステンドグラス
そして、凄いのはお風呂場。脱衣所を含めると十畳間程の大きさ(広い!)の中に、ゆったりと配された五右衛門風呂!
壁には、自作の織部陶板が青竹のように貼りめぐらされ、シュロ縄で締められている絵まで描かれています(細かい笑)

春風萬里荘 洋間
洋間
春風萬里荘 アサガオ
アサガオ
春風萬里荘 風呂場
風呂場
春風萬里荘 ステンドグラス
ステンドグラス

「万能の異才」とうたわれ、万事に凝り性であった魯山人の創意工夫が随所に見られる、洋間、風呂場、そしてお茶室。
これらは全て、魯山人の「美的空間で日常坐臥を満たさねば、美しいものを生み出せない」との考えの下で作られたのだそう。
(※日常坐臥(ざが)=起きているときも寝ているときも)

中でも、魯山人の洋間(書斎)は本当に素晴らしかったです
もともと馬小屋だったとはとても思えないほど洗練された美的空間・・・。
その中に佇んでいると、時折、庭のししおどしが「カコッ」と鳴る音が聞こえ、
部屋に置かれている大きな古時計の時を告げる音がおごそかに鳴り響き、何やら荘厳な雰囲気さえありました・・・
↓↓↓左画像は、部屋から撮ったししおどしです。)

右画像は、お風呂場を抜けた裏口?です。勝手口みたいな感じなのかな? 裏側とはいえ何とも風流ですよね。↓↓↓
もちろん、日々のお手入れあってこそのものなんでしょうけど、それでも野趣に溢れた素朴な自然が広がっていました

春風萬里荘 ししおどし春風萬里荘 勝手口

↓↓↓春風萬里荘を出たあとは、広い庭園を散策。何か人が立ってる!と思い、近づくと一体の像が
この像は、「芸術の村」の創設功労者、長谷川好三氏の像ということです。
昭和39年、日動画廊創設者の長谷川仁氏が画家と共に笠間を訪問したとき、
笠間にアトリエを作りたいという地元画家たちの要望があったことから、「芸術の村」の構想がたちあがったのだとか
そして、翌年の昭和40年に魯山人の旧家を北鎌倉から笠間に移築し、「春風萬里荘」と名付け、「芸術の村」創設。
この創設を大きく後押ししたのが、当時の市長だったこの長谷川好三氏なのだそう

画像で分かりづらいのだけど、この像のお顔がすごく良いのです。
にこやかに自然を愛でながら、特等席で気持ちよさそうに立っていらっしゃる・・・

春風萬里荘 長谷川好三氏の像2春風萬里荘 長谷川好三氏の像1

↓↓↓庭園の真ん中には、睡蓮の池が。池にかかっている太鼓橋は、老朽化のため渡れませんでしたが、
ちょうど所々で睡蓮の花が咲いていて、綺麗でした・・・

春風萬里荘 庭園3春風萬里荘 庭園2

↓↓↓風を感じ、水の音や鳥のさえずりを聞きながら見渡すこの景色。それ以外では物音ひとつしない、清浄な世界・・・。
「日本って本当に美しいな・・・」と思いました。草木や野花、ひとつひとつの生命に神様が宿っているような気がする・・・

春風萬里荘 庭園1

↓↓↓庭園から長い石段を上り、長屋門へ。何でも、江戸時代の豪農屋敷の長屋門なのだとか
この階段も何やら風流で、一歩一歩味わいながら上がっていきました。
長屋門というのがよく分からなかったので調べてみたところ、江戸時代、武家屋敷や豪農屋敷などで 、
敷地の周囲に家臣や使用人を住まわせる長屋を建て、その長屋を左右に備えた門・・・が長屋門だということでした
周囲を歩いてみると、あちこちに彫刻作品がひょこっと置いてあって、像たちが隠れんぼしているみたいで可愛かったです

春風萬里荘 長屋門へ1春風萬里荘 長屋門へ3

↓↓↓春風萬里荘では、売店もあり、魯山人作の陶器の複製や、絵や書などをプリントした手ぬぐいが売られてました。
中でも、ひとつの手ぬぐいが目に入ったのですが、、横に貼ってあった説明書きに感動し、即購入しました

この言葉は、孔子の「論語」の中で、
孔子が、最も信頼していた愛弟子の顔回(がんかい)に向けて
述べた言葉なのだそう。この言葉を、魯山人は好んでいたのだとか

【原文】    
子曰。賢哉回也。一箪食、一瓢飲、在陋巷。
人不堪其憂。回也不改其楽。賢哉回也。 


【現代語訳】
孔子が言われた。
「偉いね、回は。竹のわりご一杯の飯と、ひさごのお椀一杯の水、
それだけしかなくて、わびしい路地の暮らし。凡人ならその辛さに耐えられない。
回は、それを楽しんで改めない。偉いね、回は。」


孔子の最愛の弟子であった顔回は、
食べ物にも事欠いた貧窮生活の中、ひたすら学問と徳行に励みました。
孔子は、そんな顔回を褒めたわけですが、
貧しい中、一生懸命頑張っている姿を褒めた・・・ということではなく、
顔回が、常に求道者として道にいそしむことを楽しんでいたからこそ、
貧窮生活も全く苦にならないという、
そんな生き方を、絶賛したのが上の章句なのです
私も、この言葉に感動してしまったので、
この手ぬぐいをぜひ額に入れて飾りたいと思い、今、手頃な額を探し中です
孔子 手ぬぐいタテ


そして、もう一つ購入したものは「魯山人味道」という本。
魯山人の随想をギュッと集めた内容になっていて、ずっと読んでるのだけどこれが面白いのです・・・↓↓↓

本によると、魯山人さん、子供の頃から不幸な境遇で、
十代後半から四十までと長い不遇時代があったようです。
後半生で一気に花開き、書、絵 篆刻(てんこく)、陶芸
などに力を注ぎますが、終生追い求めたのは美食。
多芸多才だった魯山人さんだけど、
この方はやはり天性の美食家なのだと思いました
魯山人さんにとって、料理は絵や書などの芸術と同じ価値、
いや、それ以上のものだったのかもしれないと
特に後半生は作陶に没頭されたらしいですが、それすらも
「食い物を美味く食うために、自分で食器を作り出す」
「俺の料理は、こういう食器に盛りたい」という
徹底した食道楽のなせる業であったのだとか
魯山人味道

魯山人さんの名前を私が初めて知ったのは漫画の「美味しんぼ」です
その中に、海原雄山が主宰する「美食倶楽部」という会員制料亭が出てきますが、
実際に、魯山人が大正10年に設立した「美食倶楽部」をモデルにしているのは有名な話だと思います
関東大地震後に、この「美食倶楽部」を母体として作られたのが、「星岡茶寮」(ほしがおかさりょう)という会員制料亭。
この「星岡茶寮」で、魯山人が主催者として采配を振い、出す食器類は全て魯山人が制作したものだったとか。
陶芸家としても有名な魯山人ですが、その評価はこの時代に始まったものだったそう

しかし、後に星岡を追われ、魯山人の才能に負うところが大きかった星岡と共に魯山人の活躍は終息していきます
晩年は、頑固で他と強調しない性格が災いして、家族とも別れ、孤独な日々を送ったのだとか。
寂しさをまぎらわすように作陶と書に打ち込み、ますます世間と逆行する生活を送っていた魯山人は、
世間から冷遇され、嘲笑を浴びていたようです。しかし、そんな中にあっても魯山人は、
私は人間の皆が、美しいことを好み、良い物を良いと分かり、本当の道を歩くことが本当だと分かり、
仮にも邪慾の道に陥ることのないよう
」力を尽くしたいと念願し、昂然とした姿を見せていたそう。
魯山人が亡くなってから、世間は彼が天才であったことに初めて気付いたのでした

ところで、「春風萬里荘」の春風萬里(しゅんぷうばんり)という言葉、李白の漢詩にある言葉で、
魯山人が好んで用いていたらしい・・・のだけど、ザクッと調べてみたところ、そんな言葉ないっぽい?のです。
「春風」と「萬里」という言葉はそれぞれ独立して出てくるので、おそらくこの二つを合わせた造語っぽい・・・
(自由度の高い魯山人さんのことだからありえる笑)

だから、正確な意味は分からないのだけど、私が勝手に解釈したところでは、
「遠く彼方まで、軽く清々しい春風が吹き抜けていく」・・・といった意味になるのかな?と思いました
およそ、世間と逆行するかのように生き、傍目からは不幸な境遇ににうつっていたかもしれない魯山人さんですが、
その境涯は、春風のように軽く、突き抜けて自由なものだったのかな・・・と。(または、そう願われていたか)
孔子が褒めた愛弟子の顔回(がんかい)が、道を求め楽しんでいたからこそ、貧窮生活が苦にならなかったように

・・・まだまだ思うことはたくさんあるのだけど、長くなってしまうので今回はこのへんで・・・(十分長いんですけど~~w)
本当は、この日の予定では、「春風萬里荘」を出たあとに笠間稲荷神社にお参りして、
売店でおやつを買って境内で食べようと思ってたのだけど(神社周辺で売ってるお饅頭とかホンット美味しいんです)、
春風萬里荘があまりにも居心地がよくて、つい長居してしまい時間切れとなってしまいました
また今度、紅葉の美しい季節に行ってみたいな・・・


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慧喜

Author:慧喜
広島県出身 関東住みです。
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