慧喜~Trip of the art

鴨居玲展(2)

前回に引き続き、鴨居玲展についての記事です
(前回記事はコチラ
東京ステーションギャラリーで開催中の鴨居玲展ですが、
本当に観にいってよかったと思いました
帰りには、ポストカードの他、画集も購入。
鴨居玲さんの記事を作るにあたって、
玲さんの芸術家としての人生を、とても私一人の力量で
伝えられるはずもなく、画集の力をお借りしようと
画集には、玲さんの写真がたくさんのってるのですが、
この写真を撮った方が、富山栄美子さんという女性写真家で、
玲さんが没するまでの14年間、生活を共にされたのだとか。
鴨居玲展 画集

栄美子さんは、玲さんから
これからは私だけを撮り続けてもらえないだろうか。
もし、私に才能がなくて認められずに死んでいったとしても一人の画家の一生、
もし、私が認められる作家になれば、それもまた一人の画家。
どちらになるにしても撮り続けてもらえるだろうか?

と請われたといいます

鴨居玲さん、アンビバレントな二面性が内在する方だったようで、
複雑な感情の中で、常に揺れて葛藤していたのだといいます。
陽気で人当たりがいい反面、人に気を遣いすぎて気疲れしてしまうような
デリケートな神経の持ち主であったとか。
ナルシストで見栄っ張り、ついええ格好しい発言をしてしまう自分に、後で恥じ、
茫然自失になるほど極度に落ち込んでしまう・・・
思ったままを口に出し、自分が気に食わなければ他者に激高する反面、
一人になると孤独感と悲壮感に苛まれる・・・
感情の起伏が激しく、荒れた時には手がつけられないこともあったようです

こんな芸術家と共に生きる難しさ、想像に難くない・・・
富山栄美子さんは、苦労することが分かっていても、写真家として一人の女性として、
追い求めていきたいものを鴨居玲さんの中に見出したのだろうか・・・
鴨居玲 アトリエにて1
    (撮影:富山栄美子)


フランス、ブラジル、イタリア、スペインと旅を繰り返し、人間の内部をさらけ出す表現を模索し続けてきた鴨居玲さん。
玲さんの終焉の地となった最後の神戸では、更に製作に苦しんだといいます。

スペインで、バルデペーニャスの人々と出会い、生の極限に生きる孤独で老醜した人々の中に、
自分の世界を築き上げていく根源を見出した玲さんですが、神戸がスペインと同じような環境であるはずもなく、
新たな課題を模索することができなかったのだとか。
同じような老人を描いても、これまでの作品の焼き直しとなり、玲さんの焦燥感は高まるばかりだったといいます

そんな苦悩の中、「1982年 私」という作品を生み出しました。
自身を凝視して描いた、これまでの画業の集大成ともいえるような自画像です。↓ ↓ ↓

        1982年 私
≪1982年 私≫1982年
       

真っ白いキャンバスの前に、放心してるかのように座ってるのは玲さん自身。その手に絵筆はありません。
周りには、それまで玲さんが描き続けてきた人物が、亡霊の如く、彷徨うようにひしめいています。
憔悴しきった玲さんの表情からは、「もうこれ以上描くものがない」という心からの叫びが聞こえてくるようです
実際、この作品が発表された翌年に、郷里金沢の石川県立美術館に収蔵された時、玲さんから画友にあてた書信に
「最後の作品と思って描いた、いつ死んでもいい」と記されているのだとか。



画業の行き詰まりから、精神的に追い詰められていった玲さんは、
ウイスキーと睡眠薬の服用で、心身ともに急速に蝕まれていきました。

そんな中で描いた作品「ミスターXの来た日」 → → →
ミスターXとは、玲さんにとって死神の喩えであり、
心臓発作を起こすたびに「ミスターXがきた!」と言っていたのだそう。
”ミスターXの来た”その日に、玲さんは心筋梗塞を起こしかけ、
医師に即入院との宣告を受けました。
が、翌月の個展の準備のために、入院生活に入る直前に
この作品を二時間で仕上げたのだとか。
迫ってくる死の恐怖に抗うようなタッチが凄いです

しかし、死神にとりつかれてる自分自身の姿を
キャンバスの上で、ドラマティックに演出したかのようにも見える・・・
といったら意地が悪いでしょうか?
アンビバレントな画家、鴨居玲さんにとって、
死は恐怖でもあり、同時に魅力的なモティーフだったのではないか・・・と思ったりしました
ミスターXの来た日 1982,2,17
≪ミスターXの来た日 1982,2,17≫1982年


心身ともに蝕まれながらも、最晩年には、消えゆく灯火が最期に大きく燃え上がるかのように自画像の傑作が生み出されました。
↓ ↓ 「酔って候」は、スペイン時代から、繰り返し描いてきた酔っ払い。酩酊し、老醜をさらした姿が描かれています。
「1982年 私」という作品を、自身の画業の墓石にしながらも、再度、お馴染みのモティーフで描いたということは、
玲さんにとって、確固たる自画像として在る主題だったのではないだろうか?

タイトルは、玲さんが敬愛していた司馬遼太郎さんの小説「酔って候」からとられたと云われています。
かつて、ブラジルで死に場所を求めていた玲さんのもとに、姉羊子さんから手紙が届き、
手紙には、玲さんの作品図版を見た司馬さんが、彼の才能と作品の魅力に衝撃を受けたことが記されていて、
それを読んだ玲さんは再起する力を得たのだとか。姉を通じて知り合った玲さんと司馬さんの親交は、深いものだったよう。
玲さんの方も、司馬さんの小説 「妖怪」 に引用された室町期の歌謡集 『閑吟集』 の一節、
「踊り候え」「夢候よ」を気に入って、作品のタイトルにもしています。

「出を待つ(道化師)」は、下塗りの鮮烈な赤が美しいです ↓ ↓
哀れで物哀しい道化師のイメージに、自己を投影させた自画像的な作品のように思います。
自らの再起に向かい、自身を鼓舞するかのような強い配色で、自画像の新たな展開をはかったとも云われています


≪酔って候≫1984年
酔って候
≪出を待つ(道化師)≫1984年
≪出を待つ(道化師)≫


↓ ↓ 「勲章」という作品。胸に4つの王冠をつけた玲さんの自画像が描かれています。
王冠は、実はビンの王冠で、勲章の象徴する栄誉や権威を皮肉っているのだとか・・・。
鴨居玲さんという方は、全く認められず終わっていった訳ではなく、多くの作品が栄誉ある賞を受けており、
公募展の選考委員も務めるなどして、特に後半生は「描けば売れる」というほど、世間的評価も高かったのだとか。
それでも、玲さんにとっては己の求める絵を描くことが何よりも大事で、その思いが込められた作品なのだそうです

しかし、「勲章」に描かれた玲さんの姿は、痛々しく悲鳴をあげているというか、空しさを感じているかのように見えます。
世間的な評価を得ていながらも、それを受ける玲さん自身が空っぽになってるかのような。
どんな賞も賞賛も届くことはない、空しい心のうちをさらけ出してるような絵だと思います

続く「肖像」という作品は、画家鴨居玲が探し続けた、自己を巡る旅の終点としての自画像といえるかもしれません。
鴨居玲という仮面をはずした姿からは、「もう描けない」という悲痛な思いが伝わってくるかのようです↓ ↓ ↓

≪勲章≫1985年
勲章
≪肖像≫1985年
肖像


そして、1985年9月7日、57歳の鴨居玲さんは自らの命を絶ちました。
奇しくも、玲さんが尊敬していた父親と同じ年齢で逝ってしまったのです。
車中での排ガスによる自死ということなのですが、泥酔した状態だったとか(つまり、ほぼ意識がなかった状態)
自殺行為は本気ではなく、狂言のつもりだったのが心臓が持たなかった・・・とか、色々な説があるようです

↓ ↓ ↓ 亡くなった直後に、アトリエに残されていた「自画像(絶筆)」という作品 ↓ ↓ ↓
「出を待つ(道化師)」と同じ衣装を着ていますが、顔に道化師の化粧が施されていません。あるいは、化粧を落とした後なのか。
道化という仮面を脱ぎ、舞台を降りようとする表現なのかもしれないし、
鴨居玲でいることに疲れ、人生を放棄しようとするということだったのかもしれません。


アトリエの一隅。1985年9月アトリエの一隅 1985年9月

≪自画像(絶筆)≫1985年自画像(絶筆)



帰国後の玲さんは、新境地を模索しながらも、自分の志と現実の自分とのギャップに苦しんでこられたように思います。
「もう何も描けない、描くことが無くなった」と、叫び続けるように描かれた最晩年の自画像たちからは、
自分を見失った、いわば自己喪失の状態にあった玲さんの姿が浮かんできそうです

何故、苦しかったのか。
まず、自己の暗闇を、芸術的表現にまで昇華させてくれるモティーフが見つからなかったことがあると思います。
そして、苦労して描いても「こんなものか」と訪れる憔悴と落胆の日々。ウイスキーと睡眠薬の併用による心身の消耗・・・。

そして、玲さんにとって「描く」ことが「生きる」ことであり、だからこそ画業には僅かな妥協も許すことができず、
真剣に向き合えば向き合うほど、受ける精神的代価が大きかったのではないだろうか・・・と思うのです
玲さんは、キャンバスを前にして、常に己の生き方そのものを問うていたのではないだろうか?


玲さんは、かつて某テレビ局のインタビューで「絵を描くとはどういうことか」と問われ、
大それた仕事です。苦痛そのもの
絵に限らず、芸術は見た人の人生を変える力を持つものでなければいけない。そのような絵を描きたい」と語ったといいます。
亡くなる年にも、同様のインタビューを受けて蕩々と語った翌日、
また、自分は偉そうなことを言ってしまった。本当は絵が売れ、名誉やお金がほしい、
広い家に住めればいいと思っているのに、そうしたことは言えない・・・

と、極度に落ち込み、茫然自失の姿をさらしていたのだとか。

自分を取り繕うかのように見栄を張り、そんな自分を許せず恥じていた玲さん。
純粋で自己に正直であったために、常に精神が疲弊し、不安定な状態でいたことかと思います。
しかし、画家鴨居玲としては、不安定な場所にいることが最も自分らしいことだったかもしれず、
そこに、玲さんの苦悩があったのではないか・・・と、私は思います


玲さんは、高橋和巳(作家)の本の一節を大切にしていたといいます。

どんなに意地をはっても、人はたった独りでは生きてゆけない。
だが人の夢や志は、誰にも身替りしてもらうわけにはいかない。
他者とともに営む生活と孤立無援の思惟との交差の仕方、定め方、
それが思想というものの原点である。
さて歩まねばならぬ。


人と共存していく上で、目指す芸術世界のために
どのように他者と関わり、また自己を貫いていくか。
他者と高い地点で、深い関わりを求めていた玲さんにとって、
初めて心を開くことができ、自分を解放できた場所、
そして、自分の芸術世界を築く根源を掴んだ場所が
かつて滞在したスペイン・バルデペーニャスの村でした。
そこで、出会った社会の底辺に生きる孤独な人たちの姿に
自分を重ね、人間の弱さ、孤独といった暗闇を描き出しました。
鴨居玲 おばあさんと一緒に
   おばあさんと一緒に  撮影:富山栄美子

それは、同時に自分の心の暗闇を見据えることでもあり、逆説的に生きていることの力強さを表現し得た作品に辿りつき、
玲さんは、自らの作品を崇高なものへと昇華させることができたのです

人間として、画家としても得ることが多かったバルデペーニャス。人生で最良の日々を過ごした場所。
帰国してから自死するに至るまでは、そのスペイン時代のピークに達することができずにいた、苦しかった画境が偲ばれます。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

鴨居玲展の記事は、まだ続きます
今回の第二弾目の記事もかなり長くなってしまいましたので、ここでアップさせて頂きます  長くなってごめんなさい
最後まで目を通して頂いて、本当に有難うございます

なお、東京ステーションギャラリーでの開催は、7月20日(祝)までとなっています(もうちょいで終わります・・・汗)
それ以降は、2015年12月まで、北海道立函館美術館石川県立美術館伊丹市立美術館を巡回予定とのことです


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コメント

その2、ありがとうございます^^

鴨居玲さんの事を少し調べてみたら、2010年に横浜のそごう美術館で『鴨居玲展』がやっていたので、

私自身がその時、観に行ったかは全く覚えていないのですが(苦笑)おそらくチラシなど広告の鮮烈さで鴨居玲さんの事を覚えていたのかと思います。

最後の≪自画像(絶筆)≫の表情がその他に比べると幾分和らいでいるように私には思え、鴨居さんにとっての『なにか』を見つけたからこそのこの世からの脱出だったのかもとそんな風に(勝手に(苦笑))思いました。

自分を見つめると、そこには

慧喜さま、こんにちは。続きですね。
自分の死をモチーフに描けるだろうか・・・!!
壮絶な人生を歩み心身ともに疲れ果て、仮面を取って自分を見つめると、
そこには何もないなんて空しいですね!!
最後まで読ませて頂きました・・・重くちょっと沈みがちになります。
しかし、最後まで知りたいので、この続きUPされたら又訪問します。

真知子さん☆

真知子さん☆

コメント有難うございます!

<横浜のそごう美術館
<気になってググってみました。
「没後25年 鴨居玲 終わらない旅展」ですね^^v
(そごう美術館て、行ってみたいなと思い、気になってます)

<チラシなど広告の鮮烈さ
<確かに、インパクトある絵だと思います。
私も、鴨居玲さんのこと、実は存じ上げなかったのですが、
パンフの絵を見て、絶対に観にいこう!って思いましたもん^^;
一瞬で心を掴まれたのです。
真知子さんの心にも、ひっかかるものがあったのですね!

<『なにか』を見つけたからこそのこの世からの脱出
<そうですね・・・><
もしかしたら、まだ製作途中の絵だったのかもしれないし、
仮面を脱いで、自身を放棄した絵なのかもしれないし、
そこは分からないのですが、自己を巡る旅の中で、
「辿り着いた」画境を表してるものかもしれないですね><

(❤ฺ→∀←) アリガトン♫♬ (→∀←❤ฺ)

mnsuisai さん☆

mnsuisai さん☆

コメント有難うございます!

<自分の死をモチーフに描けるだろうか
<そう思いますよね^^;
画集を読んで、興味深いと思ったのですが、
鴨居玲さんって、本当に複雑な方だったみたいで、
死ぬことを怖れつつ、憧れも持っていらしたみたいですねーー;
生のドラマをキャンバス上で演出?していくためには
死という概念が必要な存在だったのではないでしょうか・・・
常に死を意識してたからこそ、
あんなに生を渇望するような絵が描けたんじゃないかと
思います><
意識せずとも、鴨居玲さんの中では、
生と死は一つだったのではないかと・・・

そう考えると、
最後の自死も、鴨居玲さんの究極の自己表現・・・
といってもいいのかもしれないです><
だから、苦しかったかもしれないけれど、
不幸ではなかった・・・と私は思います。

続きの記事作り、頑張ります!
また見て頂けたら嬉しいです^^

(❀◕‿◕)♫♬ アリガトン♫♬(◕‿◕❀)

こんばんは

慧喜さま
嬉しいコメントありがとうございます。
沢山お話しできること楽しみにしています。

かなめこさん☆

かなめこさん☆

コメント有難うございます!

私も楽しみにしてます~♪

会場も何やら豪華な感じで、
ちょっと緊張します^^;
場所もよく分からないし・・・笑

当日、お時間ありましたら、
是非、声かけてくださいな^^

お互いに楽しい記念日になると
よいですね♪♪♪

よろしくお願いします(。→‿◕。)☆

(√*'v`♡♥)⌒。ヨロチク+♬゛

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慧喜

Author:慧喜
広島県出身 関東住みです。
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